アメリカミズアブの商業的養殖は簡単じゃない【研修報告】

昆虫食担当の三橋です。生物技研エコラーバ®プロジェクトにて、アメリカミズアブの技術研修を受けてきました。代表の中野さんは生産技術開発を一手に担い、毎朝欠かさずミズアブの実験をしています。今回はその実験の様子を数日間見学させてもらいました。

僕はこれまでコオロギの養殖現場はいくつも見てきましたが、ミズアブの養殖現場はまだ見たことがありません。世界では既に商業レベルで実用化されているとことがありますが(→過去記事)、日本ではまだまだマイナーです。国や地方公共団体の研究機関や大学では飼育技術の研究をしているところがいくつかあるものの、ビジネスとして取り組んでいる企業というのは他に聞いたことがありません。

この報告ではみなさんにもミズアブの商業的養殖の概要についてお伝えすべく、僕が既に持っている知見、研修を通じて新しく得られた学びを区別せずにお伝えします。

エコラーバ®のアメリカミズアブ養殖概要

  • 複数台のリーファーコンテナ内で飼育され、断熱、温調、換気がされている。リーファーコンテナは飼育工程ごとに機能が分けられ、環境がコントロールされている。
  • リーファーコンテナ内には多数のプラスチックコンテナが並べられ、ミズアブが飼育されている。プラスチックコンテナは一般的なもの。脱走防止のためにメッシュをかけている。
  • ミズアブ飼料には豆腐メーカーの副産物である国産おからを主とした植物性食品原料を用いている。ミズアブが摂食、消化することでおから培地は元の状態より軟らかくなる。においは発酵感がある。
  • 幼虫を収穫するまでは2週間前後。幼虫は白く、蛹になる前に黒くなる。蛹も黒い。白い幼虫は軟らかくハリがあって食材としてはおいしい。黒くなるとは皮が硬くなってしまう。おいしく食べるには白い幼虫のタイミングで収穫したい。
  • 成虫は幼虫とは別のケージで飼育し、交尾させ、産卵させる。成虫は固形物を食べないのでそれ以上成長することは無い。質の高い幼虫を確保することが重要。成虫は狭い隙間に産卵する。
  • 成虫は針を持たず、歯も持たず、手で捕まえられるくらいゆっくり飛ぶ。ちょっとかわいらしい。

アメリカミズアブの商業的養殖は簡単じゃない。

商業的養殖のためには、ミズアブの成長効率(ミズアブがよろこぶ飼料や環境の確保)、作業効率(人間にとっての作業性の確保、採算性)、養殖のコンセプト(エコラーバ®は環境にやさしいシステムでなければならない)、この3つすべてをバランスを地道に探っていかなければなりません。このバランスは公開されている論文や教科書を読むだけでは簡単に達成できるものではありません。これはミズアブに限らず昆虫すべてに当てはまると思います。

①アメリカミズアブがよろこぶ飼料や環境の確保

アメリカミズアブは丈夫な昆虫で、適当な生ごみでよく育ちます。プラスチックケースに生ごみとミズアブの卵や幼虫を入れて、室温程度の温度さえ確保してやれば、何も手を加えなくても生ごみを分解しながらミズアブたちは大きく育ってくれます。生ごみを減らしながらミズアブを得ることができて一石二鳥です。ただしミズアブは歯が無く腐敗有機物を食べる昆虫ですので、新鮮なエサに頻繁に交換しすぎるとおそらく失敗することに注意してください。

このように家庭レベルではミズアブ飼育が簡単な2つ考えられます。1つは一般的に家庭の生ごみは様々な素材の混合物であり栄養成分的にもミズアブにとっての不足成分が生じにくいため、もう1つは採算を気にしなくていいためです。

一方、同様の混合生ごみ飼料で食用ミズアブをの商業的大量養殖ができるかというとハードルは上がります。混合生ごみはどんな成分が含まれているかわかりません。もし殺虫成分が含まれていようものならミズアブたちはイチコロで、ビジネスに大打撃を受けてしまいます。また栄養成分も変動するでしょうから、ミズアブの生育も毎回変わり、管理するためのコストが大きくなってしまいます。

そこでエコラーバ®では、食品工場から排出されるおからを中心とした、素性が明確で品質が安定している単一または少数の原料(副産物)を飼料に用いています。これによりミズアブの品質や生育状況が揃いやすくなり、商業レベルとして安定的にかつ大量のミズアブ養殖ができるようになります。ただし単一または少数の飼料を用いるということは、その飼料だけでミズアブが必要とする栄養成分を確実に満足させてやらないといけないということですので、飼料の選定がそれだけ難しくなってきます。場合によっては飼料に前処理をしてやる必要も出てくるかもしれません。

また、栄養成分だけでなく飼料や環境中の水分も重要です。ミズアブは腐敗有機物食であるため、飼料が乾燥しすぎると食べられなくなってしまいます(→文献)。逆に水分が多すぎても窒息死のリスクが高まります。

これら飼料の品質がブレはミズアブの生育状況に大きな打撃を与えます。ミズアブの商業的生産には品質が一定の飼料を安定的に確保することが重要です。

②人間にとっての作業効率

商業的な養殖においてはミズアブの都合ばかり考えているわけにはいきません。人間にとっての作業性の良さ、作業効率も同じくらい重要な要素です。いくら環境にとって持続可能な方法であったとしても、それが事業として持続可能なものでなければ机上の空論です。

例えば、養殖したミズアブを収穫する際には飼料の残渣からきれいに分離してやる必要があります。ここで1匹ずつミズアブを拾おうとしたしたものならばいつまでたっても採算化はできないでしょう。人間が効率的に作業できないような状況であれば機械化、自動化など夢のまた夢です。

③養殖コンセプト

ミズアブが喜ぶ飼料の安定確保、人間にとっての作業効率アップは、しばしば養殖のコンセプトと相容れない場合があります。エコラーバ®プロジェクトは、環境にやさしいミズアブ生産であることが最大の特徴です。

環境のことを考えたとき、飼料としては廃棄されて無駄になってしまう食品素材だけを使いたいです。もし栄養補助のための添加物や、栄養豊富な濃厚飼料などを使えばあまり苦労せずにミズアブをもっと簡単に早く大きくすることができるでしょう。だけどそれは本当に環境にやさしいミズアブ養殖になるのか、慎重な検討が必要です。

あるいは前述と同じくミズアブを収穫する際に残渣から分離する状況を考えたとき、大量の水を使って洗い流しながらメッシュで拾ってやれば比較的簡単です。しかしそこには大量の汚水が発生し、汚水の処理もシステムの中で考えていかなければならなくなります。


以上、アメリカミズアブの商業的養殖技術の概要と考え方をお伝えしました。今後もアメリカミズアブ、昆虫食に関する情報発信をしていきます。